「せんぱーい!おはようございますっ!!!」
「おう!おはよう、あかりさん!」
社内中に響き渡るんじゃないかと言わんばかりに大きな声で挨拶をするのはオレの後輩である新入社員の火野灯ことあかりさん。
名前の通り明るく元気な女の子であり、今となっては逆にあまり見ないタイプだ。
「今日もいい天気ですねえ!」
「ああ、こんなにいい天気だと何だか外に出て散歩でもしたくなるよ」
「ええ!ですのでワタシ、朝からジョギングしてきましたっ!」
「おお……それは元気だなあ」
「先輩はジョギングとかお好きですか?」
「ああ、走るのは結構好きだぞ。足はあまり速くはないけど」
実際、天気がいい日に外を走り回るのは身体もスッキリして気分転換になる。
「じゃあじゃあ、先輩が今度よければ一緒に走りませんかっ?」
「お、おお……考えておくよ」
「約束ですよーっ?」
そう言いながら彼女は自分のPCの電源を点けて仕事を始める。
まだ配属されて数か月しか経っていないが非常に覚えが早く、取引先からも即戦力として期待されているようだ。
そのことを褒めると「先輩も教えが上手なんですよぉ~」と嬉しいことを言ってくれる。
元々人懐っこい性格だからか、どうやらそれなりに仲良くやれていると思っていいみたいだ。
「それじゃ、今日も仕事始めるか。明日は土曜日だ。今週もあと一日がんばろう」
「はいっ!」
こうして今日も一日が始まる。
「あっという間に昼休みか……」
「先輩、今日のご飯は何ですかっ?」
「え?いつも通り冷凍食品詰め合わせ弁当だよ」
「わぁ~!エコですねえ」
冷凍食品は別に地球にとってエコではないだろう、とツッコミを入れたくなったがたぶんこれはそういう意味ではないのだろう。
「あかりさんは?」
「母親が作った栄養満点愛情たっぷりお弁当ですっ!」
「おお……」
彼女が見せてくれるお弁当は今日も色とりどりでとてもおいしそうだ。
時間をかけて作られたのであろうそのお弁当は味以上に元気がもらえそうな愛情が詰まっているのだろう。
「それじゃあ今日も先輩におすそ分けしちゃいますねっ!」
「悪いなあ、いつも」
「いえいえっ!やりたくてやっているのでっ!」
なぜか恒例になってしまった”おすそ分けタイム”。
きっかけはオレがあかりさんのお弁当を羨ましそうに見ていた(あまり自覚はないのだが)のを受けてあかりさんが提案してくれたものだ。
あかりさんがおかずを一品おすそ分けしてくれるという、言ってしまえばそれだけである。
しかしいつも冷凍食品詰め合わせのお弁当を食べてきたオレにとってそのおかずは極上のものになるのだ。
「今日は……このコロッケを一つっ!」
「そんなにおいしそうな物を分けてくれるなんて……いい後輩を持ったなあ」
「いやぁ、それほどでも~」
照れる姿は愛らしく、和んでしまう。
もし出会うのが職場でなければもっと別の感情が湧き出ていたかもしれない。
「それじゃあ今日も」
「「いただきます」」
食事が始まると二人とも口数が極端に減る。お互い、食い意地が張っているのかつい集中してしまうのだ。
「「ごちそうさまでした」」
ほとんど無言で食べているだけ。でも、そんな時間も嫌ではなかった。
「ところで……先輩」
「ん、どうした」
「今日の仕事終わった後って空いていたりします……?」
「ああ、空いているぞ」
「ええっと……ちょっとお手伝いしてほしいことがあるんですけど……」
「何だい?」
「実はもうすぐ父親が誕生日で、何かプレゼントをしたいんですけど何を買えばいいのか分からなくって」
「なるほど、男性からの目線もほしいってことだね。分かったよ」
「ほんとですかっ!?ありがとうございますっ!」
目をキラキラさせながらガッツポーズをするその姿は全身で喜びを表現しているようで何だかほほえましい。
「じゃあ仕事終わったら行きましょうねっ、約束ですよ?」
無邪気に小指を出してくるあかりさん。指切りだなんて少し子供っぽいんじゃないかと言うのは野暮だった。
「ああ、約束だ」
オレ達は指切りをした。
「……ここまではよかったんだけどな」
「せんぱぁい、やっぱり仕事終わりそうにないですかぁ~?」
「これはちょっと……厳しいな」
退勤二時間前位になって急に急ぎの仕事が割り込んできた。求められるスキルから、自分がやるのが適任ということになった。
……そして終わるまで帰ることができないということは。あかりさんとの約束も果たせないということで。
「うう……お仕事さんのいじわるですね……」
「いや、忙しいのはありがたいことだよ、あかりさん」
「それはそう、ですけど」
彼女からはいじけたような様子がうかがえる。それだけ早く決めたかったのだろう。
「来週でも間に合うかな?プレゼント決め」
「間に合います、けど……」
「けど?」
「約束、したじゃないですか」
少し頬をふくらませて不満げな様子を見せるあかりさん。
「まあそうだけど、まだしばらく時間がかかりそうで……」
「大丈夫です、先輩ならすぐ終わりますよ!」
「それは……」
何も根拠のない大丈夫という言葉。でもそれがオレを元気づけてくれた。
「そうだな、早く終わらせられるようにがんばるよ。あかりさんはもう退勤時間だから退勤しちゃって」
「はいっ!……待ってますから」
ウチの方針として新入社員は残業できない。少し名残惜しそうに会社から出ていくあかりさんを見てからオレは仕事の続きに取り掛かる。
「たまには少しだけ本気出すかあ」
「後は来週でいいだろう……」
ひとまず求められた成果物は完成し、急ぎで取引先へ送る。時計を見ると夜七時を過ぎており、一時間以上残業していたことになる。
急いで会社から出ると彼女は律儀に入口前で待っていた。
「先輩っ!」
オレの姿を見るなり駆け足でこちらへ向かってくる。何だか飼い主の帰りを待つ犬みたいだ……とは言わないでおく。
「ごめん、遅くなっちゃって」
「いえいえっ!約束、守ってくれたのでっ!」
この時期の夜はまだ冷えるだろうに、健気に待ってくれたあかりさんには感謝しかない。
「寒くなかった?身体は冷えたりしていないか?」
「大丈夫ですっ!あ、でも……手がちょっと寒いかもしれません」
「そうか、それは悪いことをしたな……」
「だから……先輩が暖めてくれませんか?」
そう言って彼女はオレの手を取る。
「……まあ、オレでよければ」
「はいっ♪それじゃあ行きましょうっ♪」
こうして目的地へと向かうオレとあかりさん。
随分と長い間待たされたはずなのに、上機嫌になっているあかりさんを見ると仕事の疲れも吹き飛ぶのであった。
「……逃がしませんから、ワタシの運命の人」
「ええっと、何か言った?」
「いいえ、なーんにもっ♪」
彼女の顔には、終始笑顔が宿っていて。
だからこの時は、まさかあんなことが起こるなんてオレは全く思ってもいなかった。
あかり 仕事帰りに
小説