アイドルが死んだ。
それはあまりに突然のことで現実味が湧かなかった。ある朝、いつものようにSNSを見ていたら流れてきた。事故死らしい。山から転落したというところまで見て僕はSNSを閉じた。あまりに現実的なことじゃなかったからだ。
きっと何かの間違いだ、気持ちを落ち着かせて公式ホームページを見ようとクリックをし、僕の目に飛び込んできたのは訃報だった。そこから先のことはよく覚えていない。
それから数日後、僕は山にいた。
周りにはぽつぽつと死を悼むような人たちが見える。聖地巡礼……と呼ぶには少々不謹慎過ぎるその人達を無視して僕は山を登っていく。立ち入り禁止のテープが巻かれているがそんなものは気にせず、ひょいっと飛び越えて登っていく。誰かに呼び止められることもなく、周りに警備員もいなかったためスムーズに登れた。
やがて山頂にたどり着く。いい景色だ。最期に見る景色として相応しいと思う。そう、最後ではなく最期なのだ。僕は彼女の後を追ってこの世を去るのだ。
彼女は僕の全てだった。生きがいのない僕に光を与えてくれた唯一の存在だ。そんな彼女が死んだ今、僕にもう生きる希望は何も残っていなかった。淡々と死ぬための準備をして、後はもう、彼女と同じようにここから転落するだけだ。
ああ、やっと楽になれる。そう思って崖へと一歩ずつ近づいていく。あと三歩。あと二歩。あと一歩。そして……。
「待って」
誰かの声がする。驚いて最期の一歩は踏み出せず、僕は後退して尻もちをついた。
「ああ、よかった。ここから落ちたら死んじゃうよ?」
「元より死ぬつもりだったのに……って、その声は……」
僕の眼前にぷかぷかと浮かんでいる、人の姿をした幽霊。それはまさしく、僕の全てであったアイドル、サクラだった。僕はさすがにそのまま飛び降りるわけにもいかず、安全な場所まで戻り腰かけた。
「どうしてこんなところまで来ちゃったのかな。ここ、立ち入り禁止のはずだけど」
「警備員がいないから入り放題なのが悪いです」
「ライブ会場で腕を高く突き上げたりジャンプする人が減らない理由が分かった気がする」
「そんなやつらと一緒には……」
「一緒でしょ」
「……そんなことはどうだっていいんです。それより、どうしてそんな姿でいるんですか、サクラさん」
「残念でした。今の私はサクラじゃありません!」
「えっ……?いや、でも、僕が見間違えるはずが」
サクラは幽霊になっているが、黒髪ロングを基調とした大きな瞳や整った顔立ちは変わっていない。僕が彼女を見間違えるはずがない。
「私は”死神”です!」
「……はい?」
「あっ、今『絶対嘘だ!』みたいな目で見たでしょ。悲しいなあ」
わざとらしく悲しむ姿はあざとくもかわいらしい。これが天性のアイドルか。
「死神だったら、命を刈り取るのが仕事でしょう。僕を助ける意味なんてない。もう少しまともな嘘をつくべきです」
「まあ、確かにそうなんだけど。どの道、キミは四日後に死ぬよ?」
「……ええっ!?」
「死因は交通事故。自分の意志とは関係なく、あっけない最期でしたーってね」
「……いや、誰が信じますか、そんなあり得ないこと」
「死神の言っていることが信じられないの?」
「だからそもそも僕はあなたが死神だなんて思っていないですってば」
「そこは一旦置いておいて。どうせ死ぬんだから、その間キミにちょっとだけお手伝いしてほしいことがあるんだよね」
「えぇー……」
死神からのお願いだなんてろくでもないに決まっている。
「露骨に嫌そうな顔をしているね。こんな美少女からのお願いなのに」
「……まあ、美少女なのは否定しませんけど」
「でしょう?それにこれはキミにとってもメリットがあるの」
「メリット?」
「そう。今のままだとキミは死んだ後、地獄に落ちてしまうことでしょう。でも今から一週間、私のお手伝いをしてくれたら天国に連れていってあげる」
あまりにも現実味がない話に頭がくらくらしそうだ。
「そんなこと、死神が決めちゃっていいんですか」
「いいのいいの。だからほら、さっさと山を降りて私を連れていって」
「……はあ。もうなんだっていいや。分かりましたよ、サクラさん」
「死神なんだけどなー。まあ、なんだっていいよ。えーと……キミの名前は確か……」
「ヨウです。葉っぱの葉の字で、ヨウ」
「そうそう、そんな感じだった気がする!じゃあこれからよろしくね、ヨウくん」
「……っ。はいはい」
自称が死神とは言え、かつて推していたアイドルに名前で呼ばれる日が来るとは思っていなかった。
こうして僕は自称・死神であり、生前に応援していたアイドルであるサクラのお願いを聞くことになった。
それがこれからの僕の人生を大きく変えることになるとは知らずに。
さよならのあと 第一話
小説