連絡先

特定の曜日の特定の時間帯に大学の一角にある建物の屋上へ向かうと一人の人物がいる。
その人は白井だから「シロ先輩」僕は黒木だから「クロくん」とお互いのことを呼んでいる。
今週もまたいつもの時間がやってきた。
僕はすっかり慣れた足取りで人混みを抜けて向かい扉を開けた。
「……あれ」
しかしシロ先輩はいなかった。
「おかしいな、いつもはもういるはずなのに」
僕は慌ててスマホを確認する。曜日も時間も間違いはない。
こんなことは数か月経って初めてのことだ。
「……いや、待てよ」
そもそも僕と彼女はそんな約束をした仲ではない。
たまたま僕が屋上に行ったら彼女がいて、そこから何となく一緒に過ごすようになって。
だからシロ先輩がいなくたってそれはおかしいことではない。
そうだ、今日は風邪を引いたり何か大学の用事があったりしていない、それだけの話だ。
それなのに。
「どうして僕はこんなにがっかりしているんだ?」
いつの間にか僕はシロ先輩と過ごす時間を楽しみにしていたようだ。
連絡を取ろうと思ったが、僕はシロ先輩と連絡先を交換していない。
学部は聞いてはいるが、探しに行くのは非効率的だ。
そんなわけで急に時間が空いて退屈になってしまったが、かと言ってこのまま帰るのも面白くない。
手持ち無沙汰になった僕は普段シロ先輩が座っているベンチに腰掛ける。
3つあるベンチのうち、左が僕の定位置で右が彼女の定位置だ。
「……ふーん」
座る場所を少し変えただけで思ったより景色が違って見えた。ここからだと隣の高校のグラウンドが見えるのか。
……そういえば、シロ先輩の高校時代の話とか聞いたことないな。
普段はどんな風に過ごしていたのかとか、部活はどこに入っていたのか、彼氏とかは……。
「……って、なんでそんなことを考えているんだ」
別にシロ先輩はただの遊び相手で、そういうのじゃなくて。
「……そんなことって、どんなことだい?」
「わあっ!?」
背後から急に聞こえてきた声に僕は驚いてしまう。
振り返るとそこにはシロ先輩がいた。
「やあ、クロくん」
「シロ先輩……」
「いやはや、教授から急用を頼まれてね。ここに来る予定の時間から21分53秒ほど遅くなってしまった」
「そう、だったんですか」
「うん?やけに慌てているな。何かあったのかい」
「いや別に、そんなことは」
「まさか……私がいなくて寂しかったのかい?」
「ち、違いますっ!」
柄にもなく大きな声を出して反論してしまう。
「僕がそんな感情を発露すると思いますか。そもそも僕は子供の頃からずっと休み時間は一人で過ごすのは当たり前で……」
「でも連絡もなく普段過ごしている人がいなかったら少しは寂しいものではないか?」
「別に、そんなことは……」
「逆の立場だったら私は寂しいけどな、ふふ」
「なっ……」
こちらをからかうような視線でシロ先輩は僕のことを見てくる。
普段は背が大して変わらないからわざとかがんで上目遣いになるようにして覗き込むのは、正直言ってちょっとずるい。
「僕でからかわないでください」
「はは、ごめんよ。しかし連絡する手段がなくてだな」
「連絡先とか交換すればいいじゃないですか」
「なるほど、それは妙案だ。Gmail?Skype?それともフ・レ・コ?」
「なんでポピュラーな選択肢がないんですか。普通にLINEとかでいいでしょう」
「LINEか。普段あまり見ないからな」
「僕もあまり見ませんけど、だからこそ通知が来たらすぐに気づくでしょう」
「確かに。それじゃあ交換しようではないか。……どうやるんだ?」
「やったことないんですか……」
先輩の画面を見ながら一つずつ説明をする。必然的に距離が近くなり、さっきあんなことを言われたからか妙に意識をしてしまう。
なんかいい香りもするし。シロ先輩はただの遊び仲間で、そういうのじゃないのに。
「よし、これでいいんだな」
「はい。……何ですか、このアイコン」
「いいだろう、みかん。おいしいし」
「……まあ、おいしいですけど」
先輩のセンスは時々ちょっと変わっている。そこもまあ、特徴の一つではあるけれど。
「さて、遅くなってしまったが今日も始めるとしようか」
「いいですよ、何するんですか」
「夢幻の砂時計」
「先輩、最近それハマってません?」
「これが一番キミに対しての勝率が高いからな」
「なるほど……」
やれやれ、パズル要素が強いアクションゲームは苦手なんだけどな。

~数十分後~

「相変わらずキミはパズルが苦手だな」
「意外そうな目で見るのはやめてください」
「失敬、理系だから得意なものかと」
「その理論は安直過ぎませんか」
「はは。……っと、もう時間か」
「今日は早いんですね」
「こう見えて私も役割があってね。では、また次の時まで」
「はい。また」
颯爽と扉へ向かうシロ先輩の背中を見送り、僕も帰路へ向かおうとした時だった。
「……ん」
珍しくLINEから通知が来ている。何事だろう。
スマホを開き確認すると、それはシロ先輩からだった。
『これからは好きな時間にキミへ話しかけてもいいということだね?』
「……どういう意味ですか、それ」
今日もシロ先輩の真意は分からない。でも不思議と悪い気はしなかった。
僕は『はい』と一言だけ返事を返してスマホを閉じるのだった。