さよならのあと 第二話

死のうと思って山に行ったら応援しているアイドルに出会った翌日。僕は朝食を食べながらふわふわと浮かんでいる推し……サクラと会話を試みた。
「それで、僕はこれからどうすればいいんですか。昨日は結局教えてくれなかったし」
「昨日はキミのことを色々と知ろうと思っていたからね。それに、キミの方もバタバタしていたし」
「まあ、それは確かにそうですが……」
なんせ死のうと思って家を出た訳だから家にはほとんど何も残してこなかった。食料や水分を始めとしてせめて一週間分くらいは生活できるように買い出しへ向かったりしていたらあっという間に夜になっており、サクラに促される形でさっさと寝てしまったのだ。
「これからお手伝いしてもらうことのために、キミにはたくさん動いてもらわないといけないからね。しっかり休めたでしょ」
「はい。十分に休めましたけど……サクラさんの方は」
「死神は寝なくても問題ありませーん」
「そういうものなんですか」
「そういうものなんですよ」
やっぱり、うさんくさい。信用していいのか……?
「で、今日やってもらうことなんだけど……キミには私の妹に会ってもらいます!」
「……妹?」
サクラに妹がいるのは本人がインタビューで時々話していたので知っていたけど、もちろん会ったことはない。
「そう、私の妹。名前はアキホ。高校二年生」
そこからサクラはアキホさんの特徴についていくらか話した。サクラに似た黒髪ロングと大きな瞳が特徴的らしいが、普段は眼鏡をかけており性格はサクラと対照的でおとなしい……らしい。
「特徴は分かりました。でも、僕がいきなり話しかけたら怪しまれると思いますよ」
「その通り。だから一晩寝ずに考えた作戦がある!」
「寝なくてもいいって言った直後に言われても、そこまでありがたみを感じないんですが……」
「細かいことは気にしない!いい、今から作戦通りに動くんだよ……」

僕はサクラに促されるようにしてアキホさんの通っている高校の最寄り駅までたどり着いた。サクラが通っていた母校でもあるらしい。
都市部から少し離れた箇所にあるため、自然もそれなりに豊かだ。そういえば以前、何かの番組でサクラの地元特集が行われていたこともあったっけ。
「確か、こっちの方角に……」
「おっ、知っているってことは番組ちゃんとチェックしているんだね?」
「そりゃあもちろん。ファンですから」
「うん、知ってる」
サクラはしたり顔で僕の横をふわふわと浮かんでいる。どんな表情をしていてもかわいく見えてしまうのはファンになった弱みだと言えるだろうか。
「そういえば、サクラさんの姿は他の人には見えないんですね。電車で移動している間、誰にも不審がられることがありませんでした」
「その通り。だからキミは選ばれし者なんだよ、ヨウくん」
「寿命が残り僅かって理由で選ばれても全く嬉しくないですが」
まあ、どの道僕は死ぬつもりだったから関係ないか。
「あっ、見えてきたよ。そろそろ放課後の時間だから出てくると思うけど……」
サクラの母校である高校は、少し失礼な言い方にはなるけど、パッと見たところ何の変哲もない普通の高校だった。サクラがデビューした頃はまだ高校生だったから同級生は「クラスメイトにアイドルが出た」と気が気でなかったのではなかろうか。
「いやぁ、高校にいる間からモテモテだったねぇ。デビューする前からしょっちゅう告白されてさ」
「でしょうね」
「もちろん全部断ったけど」
「……でしょうね」
「リアクション薄いなあ。ていうかキミ、せっかく推しとたくさん話せる機会なのにそこまで嬉しくなさそうだよね」
「……推しの存在の中に僕は必要ないので。遠巻きに見ている方がいいと思っているからです」
「あー、そういうタイプ?ごめんごめん、ずかずかと入り込んじゃって」
「大丈夫です。……そもそも、まだ夢でも見ている気分なので」
「現実なんだけどなぁ」
そんなやり取りをしていると、校門を一人の女子生徒が通った。サクラと同じ黒髪ロングで大きな瞳をしているから遠目でも何となくサクラの家族であることが容易に想像できた。
「じゃ、よろしく」
「こういうの、苦手なんだけどな……」
とは言えお願いされているのだから断る訳にもいかない。意を決して僕はサクラの妹……アキホさんに声をかける。
「すみません」
「……誰?」
露骨に不機嫌そうな返事をされた。当然か。
「えっと……」
「テレビ局の人だったら、先日話したことで全部です。わたしからはあれ以上の情報は出ないですよ」
サクラが亡くなった後、不躾な取材が多かったのだろう。瞳の奥からは警戒心が見えた。しかしここで立ち止まってはいけない。僕はサクラから伝えられた”合言葉”を口に出す。
「……”陽だまりに咲く笑顔”」
「っ!?」
”合言葉”を告げた瞬間、アキホさんの表情が大きく揺らいだ。
「それはわたしとお姉ちゃんしか知らないことのはずなのに……あなたは何者?」
「僕はあなたのお姉さんの……関係者です。あなたの心残りをなくすために来ました」
「……」
アキホさんは依然として硬い表情をしているが、一つ大きな深呼吸をした後に少しだけ表情を和らげた。
「……少し、お話いいですか。お姉ちゃんのことで」

「約束をしてたんです。わたしが作曲をして、お姉ちゃんが歌うって」
僕とアキホさんは近くにあった公園のベンチに腰かけて話すことにした。アキホさんはテレビで歌うサクラを見て音楽に興味を持ち、作曲を始めたらしい。
「最初は言うの恥ずかしくて言ってなかったんですけど……一か月くらい前、お姉ちゃんが家に来た時に親が言っちゃって。今度私にも聞かせてよって言われて……じゃあせっかくならお姉ちゃんのためだけの曲を作ろうかなって思ってて……」
「……」
サクラは僕らの背後でふわふわと浮きながら神妙な顔つきで話を聞いている。もちろんアキホさんにはその姿は見えない。あなたのお姉さんは今ここにいますよと言われても、きっと信じてもらえないだろう。
「つまり、お姉さんに自分の作った曲……”陽だまりに咲く笑顔”を歌ってもらえなかったことが心残り、ということですね」
「そうですね……もちろん他にも色々ありますけど、一番の心残りはこれって感じです」
「なるほど……」
「このこと、お姉ちゃんは誰にも話していないって思ったんですけど知っている人がいたなんて……マネージャーさんじゃないだろうし、まさか……彼氏さんですか?」
「違います」
「ですよね……お姉ちゃんからそんな話、聞いたことないですし。お姉ちゃんに彼氏ができるなんて思えないし」
「失礼な」
僕だけにしか聞こえないのにサクラがツッコミをした。
「えっと、信じてもらえないかもしれないんですけど……僕は幽霊のサクラさんが見えるんです」
「……は?」
「今もそこに浮いていて……」
「どのトークデッキを使えば信じてもらえるかな?去年の誕生日にもらったプレゼント?アキホが中学生の頃にできた初めての彼氏?それとも小学生の時の……」
僕はサクラが話す身内エピソードをそのままアキホさんに伝えた。
「確かにどれも本当のことです。口ぶりからしてお姉ちゃんがそこにいて話したことをそのまま言っているようにしか聞こえない……」
「……信じてもらえますか」
「……はい。お姉ちゃん……お姉ちゃん!」
堰を切ったようにアキホさんは泣き始めた。サクラはじっとそばに寄り添っていた。

「……失礼しました」
「いえ……」
十分ほど経ち、アキホさんが泣き止んだ。初対面の人の前で泣いてしまったのが恥ずかしいのか、先ほどから俯いている。
「そろそろ本題に戻りますね。実は”陽だまりに咲く笑顔”の曲自体はもう完成しているんです。ただ、まだ歌詞が完成していなくて……」
「なるほど……じゃあ、まだ歌うことはできないということですね……」
「途中までは書いてあるんですけど、サビの部分がまだできていなくて」
そう言いながらアキホさんは歌詞をメモしたノートを見せてくれた。サクラについての想いが殴り書きされており、綺麗な文字に対して雑然とした内容のギャップがある。
「お姉ちゃんの持っている柔らかさや力強さ、そして優しさを表現した歌詞にしたいと思っているんですけど……」
「わお、身内に言われると照れるねえ。もっと褒めて褒めて~」
背後で幽霊が何か言っているが気にしないことにする。途中まで書かれている歌詞を見ると確かにアイドルとしてのサクラを表現している歌詞のようだ。
「歌詞が完成すれば歌ってもらえると思って楽しみにしていた矢先に、こんなことになっちゃって……」
「……心中お察しします」
「今なら、気持ちの整理をしてもう一度向き合うことができるかもしれませんけど……」
「ねえ、ヨウくんも手伝ってあげたら?歌詞書くの?」
「へっ?」
サクラからとんでもない提案がされて、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「どうしたんですか?」
「えっと、あなたのお姉さんから歌詞を書くのを手伝うのを提案されて……」
「なるほど……そういえば結局お姉ちゃんとはどういう関係なんですか?彼氏でもマネージャーでもないとなると、思いつかないんですけど」
「僕はただのファンの一人です。えっと、幽霊になったお姉さんにたまたま会って、そのまま成り行きで一緒に行動している感じで」
真実からはだいぶずれているためサクラからジト目で見られたが、嘘は言っていないはずだ。
「ファンの方であるあなたに手伝っていただくのも、ありかもしれません。お姉ちゃんのことをまた違った目線で見ているかもしれませんし」
「じゃあ……よろしくお願いします」
もちろん、作曲なんてやったことがない。しかし、断れる雰囲気じゃなかった。

それから数時間かけて僕とアキホさんは作詞のアイデアを出し合った。ああでもない、こうでもないと話し合い、ようやく歌詞が完成した。
「ありがとうございます。……お姉ちゃんもちゃんと見てくれてますか」
「はい。あなたの後ろで微笑んでます」
「いい歌詞だ。でも、せっかくなら歌いたいなあ」
「でも、それは……」
「……お姉ちゃんが、何か?」
「この曲を歌いたいそうです」
しかし、アキホさんにはサクラの姿は見えないのだが……。
「ぜひ、歌ってください。小さい頃にお姉ちゃんとよく行っていた場所があるんです。そこで歌うのはいかがですか」
「おー、いいじゃん。行こう行こう」
「……分かりました。僕が見届けますね」
アキホさんに連れていかれたのは、学校近くにある丘だった。
「小さい頃、ここでよく遊んでいたんです。お姉ちゃんも覚えているかな……」
「もちろん。覚えているとも」
アキホさんに聞こえることはなくとも、その言葉はきっと伝わっているだろう。
「それじゃ、歌うね」
アキホさんは書き上げた歌詞をサクラに見えるようにノートをかざした。
{ここに歌詞を入力}
サクラが歌い始める。
{ここに歌詞を入力}
僕とアキホさんが想いを込めて書き上げた歌詞を歌い始める。アカペラであってもサクラの歌声は耳の奥まで響くように入ってくる。
{ここに歌詞を入力}
数分の短い間だったが、僕はサクラの歌声に聞き入っていた。
「ふう……どうだった?」
サクラの質問に僕は拍手で返した。アキホさんも拍手で続く。
「アキホさん。お姉さんがあなたの作った曲を歌う姿、確かに見届けました」
「ありがとう……ございます」
アキホさんはどこか清々しい表情を見せている。未練が一つなくなったということなのだろう。
「それじゃあ、僕たちはこの辺りで」
「はい……お姉ちゃん!」
別れ際、アキホさんの呼びかけにサクラが応じるように振り向く。
「わたし、これからもたくさん曲を作るから!お姉ちゃんを表現できる曲をたくさん作るから!それで……お姉ちゃんのこと、もっとみんなに知ってもらうから!だからこれからも……見守っていて!」
アキホさんの願いに対して僕らは手を振る形で返した。

帰り道。もうすぐ自宅へ着く頃だ。サクラもまた清々しい表情を見せているように感じる。
「……これで心残りはなくなりましたか」
「まさか。まだまだたくさんあるよ。明日からもよろしくね。まあ、今日を入れてあと四日しかない命だけど」
「さらりと嫌な現実を突きつけてきましたね」
「死のうとしていたのに?」
「ぐ……」
「それより早く寝ないと。こういうのは体力が資本なんだから」
「はいはい。おやすみなさい」
こうしてサクラの抱えている最初の未練は無事に晴らされた。しかし、まさか僕が作詞をする日が来るなんて思ってもいなかった。もしもあの時に死んでしまったら、こんな経験はできなかったんだと思うと、死ぬのが少しだけ怖くなった。
”あと四日”と告げられた事実から逃げるように、僕は眠りについた。