「今日は番組スタジオに潜入してもらいます」
サクラと共に行動するようになって三日目の朝。朝食を食べている僕にサクラがいきなりこんなことを言ってきた。
「潜入?侵入じゃなくて?」
「人聞きが悪いなあ。私にお願いされてこっそり入っているんだから潜入でしょ」
「客観的に見えたら不法侵入でしかないと思うんですけど」
「細かいことは気にしないの!」
「はいはい。それで、僕はスタジオで一体何をすればいいのでしょうか」
「詳しいことは着いてから話す!」
何とも危険なミッションをお願いされている気がするが、まあやるしかないか……。
「……やれやれ。分かりましたよ……」
「ふふん。キミってばお願いされたら断れないタイプ?」
「そういうわけじゃないんですけど」
自分の応援していたアイドルからお願いされて断れる人なんているのだろうか。いや、いないだろう。僕はスタジオへ向かうことにした。
番組スタジオがあるテレビ局へは、僕の家から電車を数回乗り継いで到着した。もちろん中には入ったことがない。どうやって侵入……いや、潜入するのだろうか。僕はサクラに言われた通り黒を基調とした番組スタッフがよくしているらしい恰好へ身を包みスタジオへ向かう。
「うん、よく似合ってるよ。まさしく”モブキャラ”って感じ」
「褒めてませんよね、それ」
「2階に鍵がかかってないところが一か所だけあるからそこへ向かって」
スル―された。仕方がないのでサクラに従って進んでいく。
「ここのスタッフさんテキトーに挨拶しておけば顔までは見られないよ」
「そんなもんなんですか」
「そんなもんなんです」
テレビ業界の裏側を見ているような感じがしてあまり気が乗らないな……。
「そこの非常用階段使って」
「人がたくさん来るから一応隠れて」
「段ボールの影でしゃがんで!」
サクラに指示された通り着々とスタジオの中を進んでいく。しかし目的はまだ語られていない。サクラを何を考えているのだろうか。
「よしよし、あと少しで目的地に……」
「ちょっと、そこのアンタ!止まりなさい」
しまった!誰かに見つかってしまったようだ。しかし今の僕は番組スタッフだ。何かテキトーなことを言ってやり過ごすしかない。恐る恐る声をかけられた方へ顔を向けると、そこには僕じゃなくて僕の後ろにいるサクラを見て……いや、睨みつけている女の子がいた。顔を見た瞬間、僕の記憶が呼び起こされる。確か、この子は……
「やば、ふーりんじゃん」
「ふーりんって……まさか」
「そう、アンタのライバルと呼ばれた鈴之根風香よ。久しぶりね、{ここでサクラのフルネーム}」
ふーりんと言えばサクラと並んで今の日本を代表するトップアイドルの一人だ。サクラとは対照的な金髪ショートが特徴的で力強い歌声と激しいダンスが目を惹く。しかし幽霊が見えるという話は聞いたことがなかった。
「なんで私のことが見えてるの!?」
「なんでって……っと、ここは人が通るから一旦アタシの楽屋に入って」
そのままふーりんことフウカさんの楽屋まで押し込まれた。
「ここならしばらく誰も入らないと思う……で、なんで”さくらっこ”連れまわしてここまで来ているのよ、アンタ」
さくらっことは、サクラのファンネームのことだ。サクラだから、さくらっこ。シンプルなネーミングだが分かりやすく人気だ。
「いやぁ~この子はスタッフさんの一人でぇ……」
「とぼけても無駄よ。アンタのステージの時、コイツが観客席に何回かいたから」
自分以外のファンのことまで覚えているのか。恐ろしいほどに鋭い観察力と記憶力だ。
「バレちゃあしょうがない。確かにこの子はさくらっこのヨウくんだ」
「ヨウです、よろしくお願いします。フウカさん」
「それで、どうしてふーりんは私のことが見えるのかな?」
「私、実家がそういう家系だから。幽霊とか見えるのよ」
「えーっ、ふーりんってば正統派アイドルだと思っていたのにまさかのオカルト系属性も持っていたのー!?」
「ファンでもごく一部しか知らないことだし、ていうかオカルト系で売っていくつもりないし」
「それもそっか」
「で、アンタたちはなんでここに?」
「僕はサクラさんにお願いされて……」
「明日、生放送あるでしょ。そこでさ……」
「あー、だいたいやろうとしていること分かったわ」
「さっすがふーりん。私のことは何でもお見通しってことね」
ツーカーで話が進んでおり、僕は置いてけぼりだ。
「まあアタシが協力してもいいけど、その前に一つ条件がある」
「条件?」
「サクラ、アタシと勝負しなさい!」
「……へ?」
「どういうことですか?」
疑問に思う僕たちに対してフウカさんが何かを告げようとした矢先、楽屋をノックする音が聞こえた。
「詳しい話は収録の後!アンタたちは隠れてて!」
フウカさんに押しやられる形で僕は楽屋の隅っこに隠れた。
「で、さっきの話の続きなんだけど」
数時間後、収録を終えたフウカさんと僕たちは楽屋で話していた。人払いも完了しており、このスタジオには僕らしかいない状態だ。
「勝負って……何を?」
「ライブパフォーマンスに決まっているじゃない。アタシたちはアイドルなんだから」
「アイドルだけど、今の私は幽霊だよ?ダンスできないよ」
ふよふよと浮くサクラの身体は幽霊であり、腰から下は透けて見える状態だ。踊ることはできない。
「それは分かっているけど、アンタに負けたまま終わるのが嫌なのよ!」
「負けって……あんなの単なる企画の一つじゃないの」
「それでも嫌なものは嫌よ!」
サクラとフウカさんのやり取りを聞いて思い出した。確か数か月前に番組の企画でライブ勝負を行っていて、僅差でサクラが勝利したのだった。
「じゃあ、歌で勝負する?歌うことくらいならできるけど……勝負するなら審査員が必要だよ。審査できる人なんて……」
「いるじゃない。そこに」
「へっ?」
二人のやり取りを眺めていただけの僕に対して急に話が振られて、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ヨウくんはさくらっこだよ?私のことを贔屓するに決まっているじゃない」
「それくらい分かっているわよ。それでもアタシはアンタと勝負するの!」
フウカさんは僕が首を縦に振るまでここをどかないと言わんばかりに楽屋の入り口を占拠している。話が予想外の方向に進んでいってしまった。
「こう言い始めたら融通が利かないからなあ……分かった分かった、引き受けるよ」
「そう来なくっちゃね」
「でも、どこで勝負するんですか?」
「そうね……今日このスタジオにはもう人が来ないから、遠慮なく使っちゃいましょう」
「いいのかな……」
「いいのよ」
フウカさんにつられるようにして僕はスタジオへ向かった。
「ここで普段収録が行われているのか……」
「ふふん、なかなか来れない場所だから存分に堪能しなさい!」
「別にふーりんの所有しているスタジオじゃないのに……」
「細かいことは気にしないの。それじゃ、そこのステージで歌うからアンタは審査員よろしく」
僕とサクラとフウカさんの三人しかいないスタジオで勝負が始まった。
「サクラはもう踊れないんだから今回は歌声だけで勝負してあげる」
フウカさんの特技の一つであるダンスを封印してまで戦いたいらしい。勝負好きなのだろうか。
「ふーりんは変わらないなあ。じゃあ先攻は譲るよ」
「アタシの圧倒的な歌声に圧倒されるといいわ!」
フウカさんがステージに立つ。圧倒、と連続して喋っている辺りに絶妙なポンコツ加減を感じるのだけど、言わないことにする。
「{ここに歌詞を入力}」
フウカさんが歌い始めると、それまでとはガラリと雰囲気が変わった。
「{ここに歌詞を入力}」
荒々しさと繊細さが両立した、どこか危うさを感じつつも芯の通った気持ちを感じる。
「{ここに歌詞を入力}」
これを僕だけが聞いていいのかという気持ちにさせられたが、ありがたく聞き入った。
「どうだった、と聞くまでもないようね」
歌い終わったフウカさんが僕に詰め寄ってきたが、その表情は満足げだ。
「やっぱり、すごくいい歌声ですね。フウカさんにしか出せないような力強さと柔らかさが入り混じっていて、それで……」
「ちょ、ガチトーンで褒めんな!」
「えぇ……」
なぜか怒られてしまった。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
「ふーりんはこう見えて自己肯定感低いから真面目に褒めるとすごく照れちゃうんだゾ☆」
「サクラァー!」
「じゃあ次は私が歌うから」
幽霊の姿のサクラがステージに向かい、歌い始める。
「{ここに歌詞を入力}」
何度も聞いた歌声だ。幽霊になっても変わらない魅力がある。
「{ここに歌詞を入力}」
あと何回、この歌声をサクラの口から聞くことができるのだろう。そんな考えが頭をよぎる。
「{ここに歌詞を入力}」
サクラからもどこか寂しそうな表情も垣間見えた。きっと同じことを考えているのだろう。
「ヨウくん、どうだった?たった一人のファンだけが聞ける特別なステージだよ、なーんてね」
「ちょっとー、アタシもいるでしょうがー」
「そうだった、ふーりんもさくらっこだった」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ、初対面の時はサインを求められたし」
「ちょ、サクラ!それは言わないでって言ってるじゃん!」
「そうだっけ?」
「サクラぁ……、はぁ、もういいや。アンタ、このことSNSとかに書いたらただじゃおかないから」
「もちろんですよ……」
てっきりライバル関係だけだと思っていたけど、どうやらフウカさんはサクラのファンでもあるみたいだ。
「サクラが死んだって聞いて、本当にショックだったんだから……」
「ごめんね、ふーりん。一足先に天国で隠居生活を楽しんでくるよ」
「本当にそういうところぶれないわね……。でも、それがサクラらしいか」
「そうそう、だからふーりんも変に気負わずこれからもアイドルやるんだよ。私の後を受け継ぐとか、さくらっこのことを何とかするとか、そういうの考えずに、のびのびと」
「……アタシが考えていたことまで全部お見通しってわけか。ほんっとうにアンタには敵わないわ」
「さて、ふーりんのお願いも聞いたわけだし、今度は私のお願いを聞いてもらおうかな」
「分かったわ。何でも言ってちょうだい」
そう話すフウカさんの表情は何か憑き物が落ちたように晴れやかだった。
サクラの死を悲しんでいるのはファンだけじゃない。一緒に仕事をしていた人たちだって同じなのだ。サクラの与えていた影響の大きさを改めて感じるのだった。
さよならのあと 第三話
小説