「……本当に、正気なんですよね」
「さっきから何度もそうだって言っているじゃん。全くもう、しつこい男は嫌われるぞー」
「それは分かっているんですが……」
サクラと共に行動するようになって五日目。そしてサクラ曰く、今日が……僕の死ぬ日らしい。自分の死が目の前に迫っていると聞いても全く実感が湧かず、信じられなかった。
そもそも死因が何なのかすら聞かされていない。ただ、突然の死であることを考えるとおそらく事故に巻き込まれるのだろう。
しかし、それ以上に信じられないのが昨夜のサクラの発言だ。
「それで、殺してほしい人、というのは……」
「うん。世間では私が事故死したってことになっているみたいだけど、違うの」
サクラは真剣な表情で告げてくる。本気のようだ。
「{カザノハのフルネーム}。私のマネージャーだった人」
「マネージャー……」
「私をデビュー当初から支えてくれた恩人。そして……私を殺した真犯人」
サクラの一番隣で支えてきたはずの人が、なぜサクラを殺した?
「詳しい話は後。ふーりんにも協力してもらって、今朝やっと居場所が掴めたの」
「……僕に、向かえと」
「うん」
「でも、その人を殺したら、僕は……」
「どの道、キミは今日死ぬんだよ。殺した後のことは気にしなくていいの。だから……」
「……分かりました。カザノハさんと会うことは拒否しません。ただ、殺すかどうかは僕が決めます。それでいいですね」
「……はあ、分かったよ。無理強いはできないし。じゃあ私はあいつが動いていないか見張っているから、キミはここへ向かって」
「はい」
数時間後、僕は指定された場所まで向かった。なんてことない道端だ。ここで何が……と考えていた矢先、誰かに掴まれて車の中に突っ込まれた。
あっけに取られていると、聞き覚えのある声がした。
「ごめんねー、こんな手段しか取れなくて」
「フウカさん!?」
「アタシこれでも育ちはいい方だからさ。アンタらからも一言お詫び入れておいて」
黒いスーツに包まれたボディガードのような人達が口々に謝ってきた。急に全然違う世界へと足を踏み入れてしまった感じがする。
「カザノハにはアタシも会ったことがある。たぶんだけど、サクラとはただのアイドルとマネージャーって関係じゃないように見えた」
「ってことはつまり……」
「たぶん付き合ってたと思うよ」
アイドルとマネージャーが、交際していた……?
「割とよくあることよ。アンタみたいなファンには現実を突きつけるようで申し訳ないけど」
「じゃあ、どうしてこんなことに……」
「それが気になるからアタシもこうして協力しているって訳よ。ほら、あそこ」
フウカさんが指を指したのは廃墟となっているビルの地下へと繋がる階段だった。
「アタシはカザノハが逃げないように包囲しておく。後は任せたわよ」
「分かりました。行ってきます」
地下へ向かうと、そこは思っていた以上に明るい空間が広がっていた。まるで隠れ家として最初から用意されているかのような空間が出来上がっている。
「ヨウくん。カザノハは一番奥にいるよ」
「……はい」
サクラと合流して先に進むと、サクラの言った通り、一番奥にはスーツ姿の若い男性が佇んでいた。
「……キミは誰だい?」
「ただの“さくらっこ”です。サクラさんに頼まれてここまで来ました。カザノハさん、ですね」
「ああ、俺がカザノハだ。サクラに頼まれて……そうか。それは想定していなかったな」
「サクラさんから聞きました。あなたが、サクラさんを……殺したって」
「確かに殺したと言えるだろう。だが見方を変えれば、俺はサクラに永遠の命を与えたと言うこともできる」
「……は?」
この男は何を言っているんだ?
「ヨウくん。こいつの言うことに耳を傾けちゃダメ」
しかしサクラの声はカザノハには聞こえない。カザノハは語りだす。
「サクラは今をときめくトップアイドルだ。だがアイドル業界というのは非常に激しい戦いを要求される。この人気もいつまで続くか分からないだから俺はサクラに言ったのさ。『キミを永遠のトップアイドルにしてあげる』ってね」
「だからサクラを殺して……人気が絶頂のままサクラの活動を終わらせた?」
「ああ、そうだとも!儚くも散ったサクラは未来永劫アイドル史に語り継がれる!悲劇のアイドルとしてな!」
カザノハは高笑いをしている。完全にいかれてしまったようだ。
「ヨウくん。こんなやつ、もう終わらせちゃおうよ」
「サクラ……でも、僕は……」
その時、僕に一つの考えが頭をよぎった。
「……あなたはこれからどうするんですか。目的を果たして、ここで何をするんですか」
「いいや、何もしないよ。ここで俺も死ぬ。それで終わりだ」
その答えを聞いて腑に落ちた。カザノハはここで生活しているようには見えなかった。サクラの死が世間一般に広まったのを確認してから、誰にも見つかることなく一人で死ぬ予定だったんだろう。
「ヨウくん。お願い」
「サクラさん……すみません。今から僕が行う行動を見ても、何も言わないでください」
「えっ?」
僕は何も言わずカザノハの前に歩んでいった。
「カザノハさん」
「なんだい」
「……僕はあなたを殺しません」
「……は?」
「あなたはさっき、サクラを悲劇のアイドルとして永遠に語り継がれるため、サクラを殺したと言った。だったら、あなたは誰よりも長生きして、本当にサクラのことが語り継がれるか見届けるべきだ。自分も自ら命を絶とうとするなんて、そんなのは……美しくないのでは?」
「…………」
「あなたの美学というか、考えていることは正直言って理解できません。分かりたくもありません。でも、あなたが今やっていることには筋が通っていない。そしてあなたはそれを何よりも嫌う……そんな気がします。自らの手で命を奪ったのであれば、その責任は最後まで負う、と。……どうでしょうか」
「…………」
カザノハは目を見開いてこちらを凝視した後に、大きく息を吐いた。
「出会ったばかりのキミに何が分かるものかと言いたいところだが、存外響くものだな」
「じゃあ……」
「……自首するよ。罪を償って、キミの言った通り長生きしてみせるさ」
そう言って彼は自らスマホで110番をした。すぐに警察がやってきてカザノハは逮捕された。カザノハは僕に何を言うこともなくただ手を振り、パトカーに乗り消えていった。
僕たちも事情を知る者として取り調べを受け、終わる頃にはすっかり日も暮れていた。
「ヨウくん、ありがとう」
「こちらこそ、勝手なことを言ってすみません。結局、サクラさんの依頼自体は達成できていませんし」
「それでいいの。きっと私も……心のどこかでは彼に生きていてほしいと考えていたはずだから」
サクラはこちらに顔を向けることなく、遠くを見てつぶやいた。生前は両想いだったのでありお互いの気持ちは本物だったのだろう。だからこそカザノハのことが許せなくて僕にこんな依頼をしたのだ。
「これで僕も……」
満足だ……と思っていたところに、猛スピードでトラックが突っ込んできた。
ああ、忘れていた。僕は今日、死ぬんだった。こんなにも、あっけなく。何の準備もなく。
トラックに撥ねられる、その寸前に。何か強い力で僕は引き戻された。
「はあっ、はあっ、何とかなった……みたいだね」
トラックはそのまま通り過ぎていき、目の前にいたのは半透明になったサクラだった。
さよならのあと 第五話
小説